2014年03月11日
変なラブレター

「内容っつーか、なんか、和歌なんだよ。お前も解読してくれる?」
浜井は、堂々と、その和歌を詠んだ。沙恵は穴があったら入りたい気分だった。
瀬をはやみ 岩にせかるる 滝川の われても末に 会わんとぞ思う
しばらく沈黙。男子二人、顔を見合わせ、溜息をつく。佐藤の声。
「なんじゃ、こりゃ?」
「オレも調べた。なんとか集に載っている崇徳院の歌で、別れてもまたいつか会いましょう、みたいな歌らしい」
「・・・変わってる・・・っていうか、大人の歌過ぎやしないか?」
佐藤の意見に、浜井、少し得意気に笑う。
「だろ?普通の女子じゃ、書けないよな。オレが想像するに、これは・・・」
浜井の話の続きに耳を傾ける沙恵。だが、ここはヒソヒソ声で聞こえない。が、次に、佐藤が叫んだ。
「柏木阿佐じゃないかって!?」
沙恵、カーテンの中で、変な汗をかく。
「しー!・・・だって同じ年頃で、こんな秘密めいた文章書けるのは彼女くらいだろ?」
佐藤も納得したように、うなる。
「しかし、柏木が、お前に惚れるか?」
「それは、向うの問題さ。それに、オレも彼女には興味がある」
沙恵は、それを聞いて苦しくなり、二人がいなくなった後もしばらくカーテンから出てこれなかった。
その後、ラブレターの差出人不明のまま、沙恵もあゆみも浜井も高校でバラバラになった。高校に入って、うわさで聞いたのだが、柏木阿佐は、中学生の頃から高校生とつきあっていたそうで、当時すでに大人っぽい色気のあった阿佐に、沙恵は妙に納得した。
それから時は流れ、10年後。研修が終わり、唐突に開かれた暗幕から、日の光が差し込み、沙恵は驚いて目をさます。あまりに本気で熟睡していた沙恵に、同僚たちが笑う。暗幕の下の白いカーテンがひらひら風に舞い、いい風を運んでくれる。ちょっと汗ばんだ沙恵は、ふーっと深呼吸すると、ほろ苦い恋の思い出に、笑みをこぼした。
タグ :カーテン
2014年03月10日
浜井の態度

が、一方で、沙恵もあゆみも、自分たちの歪んだ愛情表現に、疑問を感じつつあった。まるで無邪気な仔犬に、からし入りのドッグフードを与えるようなものだと、とうとう沙恵がつぶやき、あゆみも同じ気持ちでラブレターを取り戻そうとした頃には、もうとっくにそれはなく、浜井の目に触れていたに違いなかった。
しかし、リアクション王であるにも関わらず、浜井の態度は、まったく変わらなかった。それがいっそう、ラブレターがジョークにならなかったような気がして、沙恵もあゆみも胸が痛くなった。
そんなある日、沙恵はいつものように図書室の窓際で、本を読んでいた。ここからは、下校する生徒が見える。みんなうれしそうに家に帰っていくが、沙恵の家は晩まで誰もいないので、いつも、ここで本を読みながら、無邪気に帰宅する生徒たちをうらやましく見つめている。
と、その時、めずらしく、男子二人が図書室に入って来た。その一人が浜井だとわかり、沙恵はとっさに、窓際の暗幕に身を隠す。浜井と、同級生の佐藤は、沙恵から近からず、遠からずの席に座って、語り始める。姿は見えないが、はっきりと会話が聞こえた。佐藤が、びっくりしているのが聞こえる。
「えー、マジかよ!すげぇ、誰からもらったんだ?」
浜井はもちろん沙恵の存在に気付かず、普通に語る。
「それが、差出人不明なんだ」
「へー、それは、また・・・からかわれてるんじゃないか?」
笑いを含んだ佐藤の声に、浜井が溜息をつく。
「・・・かもしれん。でも、内容が変わってるんだ」
浜井のその言葉に、沙恵は、カーッと顔が火照った。自分が書いた内容だから、変わっていると言われ、意図通りと思う反面、バレたら、どれだけ恥ずかしいだろうと思った。
「え?内容、教えてくれるの?」
タグ :カーテン
2014年03月08日
沙恵の妙案

ある日、あゆみは、沙恵に言った。
「なんかさー、浜井で遊んでみない?」
「浜井、で、遊ぶ?」
「そうそう、おちょくってやろうよ。どんなリアクションするか見たい!」
それは一重に、あゆみのちょっと変わった浜井への好意の示し方なのだろうと沙恵は思った。
「あゆみが一人でやればいいじゃん」
あゆみは、陽気に、首をふる。
「ダメダーメ、うちのクラスには柏木阿佐がいるんだぞ」
柏木阿佐とは、この、さくら中学校のミスさくら嬢に選ばれたくらいの聡明美人で、その上、なんとも言えない秘密めいた色気があり、男子はもちろん、沙恵やあゆみでさえ、あこがれの存在だった。その阿佐に、あまり興味を示さない浜井の宇宙度の高さも、沙恵は気に入っていた。
「浜井はどんな女の子が好きなのかな」
沙恵の言葉に、あゆみが飛びつく。
「そこを、オタクのあんたに考えてもらいたいのよ!」
「オタクって」
「あ、ごめん、いつも本ばかり読んでいるから、私から見れば沙恵はオタクなの」
ちょっと失礼なあゆみを小突きながら、沙恵もまんざらでもなさそうに考える。
「・・・そうねぇ、偽ラブレターでも書いちゃう?」
偽というのは、差出人が不明なだけで、あゆみや沙恵にとっては、本当のラブレターになのだが。
「誰がくれたか、まったく想像ができないような、ラブレターがいいね!浜井、どんな顔するかな?」
その後、数日考えて、沙恵が考え出したラブレターに、あゆみは、吹っ飛んだ。
「確かに、誰かまったくわかんないけど・・・さすが沙恵というか・・・あんた、不思議ちゃん」
そう言いながらも、とにかく浜井をからかってみたいあゆみは、そのラブレターを放課後、浜井の机の中にそっと置いてきた。
タグ :カーテン
2014年03月07日
暗幕を引く…

森山沙恵は、うんざりと会社の大会議室の窓際にすわっていた。ただでさえ忙しいのに、午後一のこの時間帯に研修会などありえない、と同僚たちも怒っている。
今日も残業覚悟で、回って来た出席シートの自分の名前の横にレ印を入れると、隣の同僚にまわす。
それにしても、外はなんといい陽気なのだろう。近くの小学校から、午後の始業のチャイムが聞こえてくる。窓辺では、さわやかな風に白いカーテンがゆれている。
昼食後の満腹感から、ウトウトし始めたのも束の間、業務本部長のゴワゴワした声がマイクから聞こえてきて、沙恵は、ため息をつく。しばらく、退屈な説明が続く。しかし、数十分くらい経ったときに、本部長の指示がかかった。
「ここからは、プロジェクターで説明するので、窓際の人は、暗幕を引いてください。
みな、くれぐれも眠らないように!」
くすくすという笑いの中で、窓際の沙恵も立ち上がって、近くの暗幕を閉める。その時、ふと、何かが沙恵の脳裏をかすめた。
「・・・?」
沙恵は首をかしげながら、席に戻ると、多くの社員同様、絶好の昼寝チャンスとばかりに薄暗い会議室の席で目を閉じた。
沙恵が中学2年の頃。いつも小西あゆみとつるんでいた。あゆみは、スポーツ万能で陽気な子だったが、沙恵は対照的に、内向的で、昔から本ばかり読んでいる少女だった。というのも、沙恵の両親は共働きで、一人でいる時間が多かったからだ。
そんな沙恵とあゆみは、同じクラスの浜井龍太に、興味津々だった。浜井は、勉強もスポーツもできたが、三枚目キャラで、いつも女の子たちにいじられていた。沙恵はともかく、クラスでかなり目立つ存在だったあゆみが浜井に興味あることが、また浜井の株を上げる、みたいな、狭い世界での微妙な駆け引きが、当時あった。
タグ :カーテン